あなたは、アパレルショップでこう聞かれたことはありませんか?
「このセーター、赤と紫があるんだけど、どっちがいいかな?」
聞いてきた相手は、家族かもしれませんし、彼氏彼女、もしくは友達かもしれません。
こういうとき、僕は非常に困るのです。
正直に言うべきなのか、正直に言わないべきなのか。
相手はもしかすると紫を気に入っていて、「紫がいいね」という返しを期待しているかもしれない。でもそれが紫なのか、赤なのかは、分からない。
「どっちでもいいんじゃない?」
これが悪手であることは分かっている。でも、
「どっちもいいね」
これが実は地雷。
どっちでもいいんじゃない?よりは幾ばくかマシだが、どちらかを選択することが求められる。
博打。
「うーん、どっちもいいね、赤はカッコいいし、紫はセクシーだし、個人的には赤が好きかなぁぁ、でもどっちも捨てがたいよねぇぇぇ」
と、どちらがいいのかスタンスを取りながらも、ハズした時のために、どちらもいいものである、と保険をかけておかなければいけない。
僕はこの「負」をこの世から無くしたい。
よく考えてみると、なぜこんな質問が生まれるのかというと、見栄えが数値化されていないからです。
見栄えを数値化する仕組みさえあれば、こんな返答に困ることはなくなるのです。
赤が4.2、紫が3.9、よって赤のほうが良い。以上。
これが理想の世界です。
評価が数値化する世界
この世界は、あらゆる評価がどんどん数値化されていきます。
たとえば、レストランは、食べログなどのレビューサイトで5点満点で評価されることが一般的になりました。
このレビューというやつは、レストランだけではなく、ホテル、映画、家電、本、テーマパーク、など、あらゆるモノやサービスに対して使われています。
レビューで評価が数値化すると、2つの良いことが起こります。
- サービスを受ける人が、良いサービスを探しやすくなる
- サービス提供者が、サービスを良くしようと努力する
もちろん、数値化することで、レビュー評価をハックしようとする悪い人たちが一部では出没しますが、それを補って余りあるメリットがあります。
Amazonがレビューシステムを取り入れたのが1995年ですが、それ以降、急速に様々な分野で使われるようになりました。
評価を数値化する方法はレビューだけではなく、最近はAIを使って個人の信用を数値化する取り組みも始まっています。
アリババグループのセサミクレジットが有名ですが、個人の職業、過去の支払い履歴などから信用スコアが算出され、それをもとにローンの金利が優遇されたりしています。
今は評価を数値で見れることが当たり前になっていますが、評価が数値化される前の世界観からすると、これはやや異常なことのようにも思えます。
だって、カメラの解像度や耐久性のようなスペックと違って、レストランの味やサービスは、評価が人によって異なるじゃないですか。
こってりラーメンで有名なラーメン屋さんの評価が5点満点中3.8だったとします。
こってりラーメンが好きな人ばかりじゃないですよと。あっさりラーメンが好きな人もいるじゃないですか。
どんな状況で食べたかにも影響されますよね。ランチとして食べたのか、飲み会の後で食べたのか、全然違うじゃないですか。
3.8ってなんやねん!!
とはなりそうなもんですが、実際には
3.8か。よさげやん。
と感じてしまっている自分がいます。他のラーメン屋の点数と比較して、よさそうだな、となるのです。
人によって、または状況によって評価が異なるようなものであっても、この世界では、評価は数値化されていきます。便利だからです。
なぜ見栄えは数値化されていないのか
見栄えを数値化する試みに、人類はまだ成功していません。
それっぽいものはあります。インスタグラムのLike、絵画オークションの落札額、ミスコン、など。
しかし、明確に見栄えだけにフォーカスして数値化する仕組みはこの世に存在していません。
なぜなら、見栄えの数値化には炎上要素があるからです。
たとえば、他人に自分の外見を数値化されたら嫌じゃないですか?
過去、この見栄えの定量化に挑戦した一人の男がいました。
彼は、大学生のとき、学内の女性の写真を2枚並べて、どちらがより魅力的(more attractive)なのかをユーザーに選ばせて、ランキングにするというウェブサイトを作りました。
このサイトは瞬く間に学内で広まり、リリース後わずか4時間で450人ものユーザーが利用したのです。
しかし、数日後、プライバシー問題や人権侵害になるとしてシャットダウンされました。
マークザッカーバーグっていう人なんですけど。
このエピソードを聞くと、レビューされるほうは嫌だし、社会的にも問題だし、利便性がなさそうです。
では見栄えを数値化することには利便性はないのでしょうか?
あります。
服を買う時以外にも、こういうシーンは誰しも経験があるんじゃないでしょうか。
- 美容院に行くとき、どんな髪型が一番似合うのか知りたくなる
- インスタに写真をアップするとき、どんなトーンに編集すればいいか分からない
- 履歴書に貼る写真をどれにすればいいか迷う
これらの状況では、見栄えが数値化されていないこの世界では、自分の感覚で決断したり、家族や友達に「どっちがいいと思う?」と聞いてみたりしているはずです。
問題は、こういうシーンで活用できるメリットを残しながら問題要素を排除するにはどうすればいいのか、です。
ここで解決の糸口となりうる一つの仮説があります。
「他の誰かとの比較をしなければいい」
人Aと人Bの比較をするから、不快な思いをすることになるのです。比較すべきは、人Aと人Aなのです。
先ほどのシーンでも、自分と他の誰かを比べる必要はどこにもありません。
赤い服を着た自分と紫の服を着た自分を比較して、どちらがいいのかを教えてほしいのです。そこに被害者はいません。
この仮説をもとに、問題を回避しながらメリットだけを残す形で見栄えを数値化できれば、画期的な発明です。
これはすごいアイデアです。
すごいアイデア。
しかし、すごいアイデアには何にも価値がありません。知ってましたか?無価値です。
価値があるのは、アイデアの具現化です。具現化にしか価値はありません。偉い人が言ってました。
ということで、作りました。
はい、できました。まずはインストールしてみましょう。iOS対応なので、Androidスマホをお使いの方はすいません。
apps.apple.comデザインから開発まで全部自分でやったので半年以上かかりました。
これで社会実験ができます。
見栄えを数値化できるようになると社会はどう変わるのか。
どんなアプリ?
まず、アプリの名前はTenbinです。
僕は日本を変えたいのではなく、世界を変えたいので、海外でも発音がしやすい名前にしました。
名前の由来となっている天秤は、エジプトの古代文書「死者の書」にも描かれており、紀元前5000年より前に人類によって発明されて以来、測量のモチーフとなっています。
使っていただければ分かるようにはなっていますが、一応アプリの中身も紹介しておきましょう。
全体図を作りました。まずはこれを見てください。
流れとしては、こうです。
- 他ユーザーの写真をレビューしてあげる
- 20レビューするとコインを1枚獲得できる
- コインを使って、自分の写真のレビューをリクエストする
- レビュー結果を見る
- (任意)他ユーザーにレビュー結果をシェアできる
この流れに沿って、実際の画面で機能紹介をしていきます。
他ユーザーの写真をレビューしてあげる
Tenbinは、ユーザー間でお互いの写真をレビューし合うアプリです。AIが見栄えを採点するのは面白くないので、生身の人間がレビューする形にしました。
AIによる採点というのは、とにかく味気のないものなのでね。
お互いにレビューし合う、という関係を仕組みで担保するために、コイン制を導入しています。
他ユーザーの写真を20枚レビューしてあげると、コインが1枚もらえます。
自分の写真を1枚レビューしてもらうときにコインを1枚消費します。
レビュー画面に、タグが表示されていることに注目してください。
見栄えといっても、美しさをレビューしてもらいたいのか、かわいさをレビューしてもらいたいのか、はたまたどのくらい美味しそうなのかをレビューしてもらいたいのか、基準がないとレビューしようがありません。
タグは、自分の写真のレビューをリクエストするときに自分で設定します。
写真を一つレビューすると、次の写真が表示されます。ここでは、他ユーザーの写真が「ランダムに」次々と表示されるのがポイントです。
この仕組みを聞いて、
「適当にレビューして手っ取り早くコインをゲットしようとする輩がいるんじゃないか」
そう思った人もいるでしょう。
しかし、ランダムに他ユーザーのレビュー画面に配信されることによって、どの写真に対しても上記のような輩によるレビューが同様の割合で発生することになり、写真間の比較においては輩の存在を無視することができます。
これは、ABテストを応用した手法です。
すごいアイデアです。具現化もしているので価値もあります。
自分の写真のレビューをリクエストする
次は、コインを使って自分の写真のレビューをリクエストします。
先ほど他ユーザーをレビューするときに出てきたように、タグをつけて写真を送信します。
タグは、よく使われているタグが推奨ででてきますが、自分でオリジナルのタグを作ることもできます。
タグ作成に自由度を持たせることで、開発者が想定していないユースケースが生まれるでしょう。
レビュー結果を見る
自分でレビューリクエストをしたら、その写真はランダムに選ばれた他ユーザーからレビューしてもらえます。
その結果は、このような形で見ることができます。かっこいい鳥の焼き方を探したり、
イケてる牛丼のアングルを探したり、
風景写真の構図やトーンを比較したりできます。
各タグに対して、それぞれの写真のスコアがあります。
ここで重要なポイントは、写真のスコアは5点満点のレビュー結果そのものではなく、このタグにおけるあなたの写真の平均値との差分になっていることです。
もしここで「美しい」というタグに対してあなたの写真が5点満点中3.5点であることが表示されてしまうと、他ユーザーの「美しい」タグの写真と比較可能になってしまい、このアプリが避けたい「他の誰かとの比較」が発生してしまいます。
マークザッカーバーグの二の舞です。
あなた自身の自己平均点との差分を表示することによって、紫のセーターを着たあなたと赤いセーターを着たあなたの比較だけができるようになります。
これこそがこのアプリの真髄であり、画期的なポイントです。
また、アプリの名称がTenbinとなっているのも、天秤が重さ自体を数値化するものではなく、2つの物体の比較をすることに倣っています。
他ユーザーにレビュー結果をシェアする
レビューを受けたあなたの写真は、他ユーザーにシェアすることができます。まるでインスタグラムのように。
他ユーザーの投稿は、このように表示されます。
2枚の写真のうち、どちらが高い評価を得たのか見ることができます。
ここでも、炎上や不快を招かないようなデザインになっています。
絵文字で反応することはできますが、コメントはできません。あえてコメント機能は実装しませんでした。
そのため、攻撃的、批判的なコメントは意識的、無意識的に関わらず発生し得ません。
ここは誹謗中傷の無い、やさしい世界です。
他ユーザーをフォローすることもできるので、自分と似たような人をフォローし、投稿を見ることで、見栄えのブラッシュアップの参考にしたり、絵文字で応援するのもいいでしょう。
ウェブサイトも作った
Tenbinのウェブサイトも作りました。ウェブアプリではありません。
なぜ作ったかというと、利用規約とプライバシーポリシーを掲載する場所が欲しかったからです。
iOSアプリをリリースするときにはプライバシーポリシーの作成が必須ですし、利用規約も重要です。
なぜなら、アプリのUI/UXを工夫して炎上要素を極小化していますが、完全にゼロにはできていません。
悪いことを考える人は、どんなに対策を打っても抜け道を見つけるので、ここはもう利用規約で禁止事項を明確にするしかありません。
UI/UXと利用規約の両面から炎上回避をしています。
おわりに
みなさん、これで安心です。
これからは、「赤と紫のセーター、どっちがいいと思う?」と聞かれても、狼狽える必要はありません。
そのときは、そっとTenbinのインストールを促しましょう。
「これ、使ってみてごらん。Tenbinっていうアプリなんだけど、写真のレビューをしてくれて、どの写真が高評価なのか、客観的な数値で結果が出るからとても便利なんだ」
きっと、こう言われるはずです。
「あんたの意見を聞いてんのよ」
apps.apple.com